2009年8月1日土曜日
「過去」はどこから始めるか?
過去は膨大にある。それだけ長く生きてきたのだ。どこまで後ずさりして始めよう?そう考えたとき、あるイメージが何度も浮かぶのだ。それは、「それから」の代助のように、市電の中に乗っていて、架線と電車のパンタとの間に激しく何度も火花が飛び交い、あたかもこれからの行く末が案ぜられる様な、逃避行の始まりの夜のワンシーンだ。蔵書の大半を古本屋に叩き売って得たお金と、田舎の母に嘘をついて送ってもらった、早めの仕送りのお金とを懐に、はるか北をめざして、下宿の近くの電停から飛び乗った市電。行く先は、だいぶ前から、金沢と決めていた。北の見知らぬ土地で、見知らぬ人々のなかに隠れて、加賀焼の陶工にでもなろうと思っていたのだ。市電にゆられ、薄暗い町並みを窓の外にながめながら、頭の中を、「遠くまで行くんだ、ぼくらの好きなひとびとよ」と"Allons,Allons! Jousque au bout!"が渦巻き、大学町を離れていった夜でした。ちょうど、二十歳になってひと月が経とうとしていたころでした。